タイムセールクーポン券の告知

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    毎度、お世話になりまして有り難うございます。

    HPリニューアルを記念して、近々、着物丸洗い半額キャンぺーを催してまります。

    このブログに開催日時をキャンペーン当日告知しますので

    HPでクーポン券を見た方は、お申し出ください。

    通常丸洗い金額の半額にて加工を承けたまわります。

    ご期待下さい。

     

    HPリニューアル

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      HPをリニューアルしたので
      久しぶりに、ブログ投稿しました。
      6年ぶりでしょうか。

      月日の立つのも早いもので、私の生活環境も変わりました。
      孫ができました。それも三人です。

      愛犬2匹が亡くなりました。
      同じ時期に立て続けにです。
      しばらく、おをひきました。

      ぼちぼち気が向いたら投稿しますので、よければお付き合いください。

      ブラームスはお好き

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        タイトルは、仏女流作家フランソワーズ サガンの作品のひとつ。

        若くて優しい男性(シモン)と、中年女性ポールの恋物語。そのシモンがポールにさりげなく渡したメモに「ブラームスはお好き」と書いて演奏会に誘った。その作品が映画化された40年前、まだ学生であった私は、さりげなくメモを渡す相手もなく、1人寂しく東京渋谷の映画館にいった記憶がある。映画の内容はともかく、挿入された交響曲第三番、三楽章がブラームスとの最初の出会いとなった。

         

        ブラームスの作品は、全体的に重厚なイメージが強いが、その中に何か、もの悲しくも切ないメロディが時折顔を出してくる。その対比がブラームスの魅力に一つではないだろうか。

         

        彼の一生をみると、その魅力の謎が隠されているような気がする。師事していた、シューマンの妻「クララ」に想いをよせてしまったのだ。そのシューマンが心の病にかかり、ライン川に身を投じてしまい、クララは独り身になってしまう。「好機到来」と普通の人なら猛然と彼女にアタックするはずであるが、そこは大作曲家。終生、師であるシューマンに忠誠を誓い、クララとは一緒にならず、独身を貫き通しただけではなく、彼女を物心両面で支え続けたとか。

        ブラームスの悶々とした心の葛藤が曲想に表れているといった解釈は、あまりにも三面記事的な表現になるだろうか。


        彼は、楽器の使い分けの天才である。
        例えば、前述の三楽章の冒頭は、少し暗い響きのビオラが主題を奏で、バイオリンに引き継ぐ。心の揺れを二つの楽器で表しているように聞こえる。
        その後展開部に移り、明るいフルートの音に、気持ちが落ち着いた方向を
        目指しているように思えるのだが、展開部をはさんで 深い闇にホルンが引き込むように奏でる。それを、オーボエが引き継ぎ一筋の光を見出すような予感を感じさせる。展開部後フルオーケストラで力強く歌い上げ、未来につなぐ。各楽器の特性を生かした、すばらしい作品ではないだろうか。

        ブラームスの第三番、と四番のCDは何枚か持っているが、どれもしっくりこなかった。

        特に最近買ったロイヤルフィルのCDは、全体的に第一バイオリンが張り切りすぎて、特に高音の音が外れ、安らげない。(ロイヤルフィルの名誉のために書き添えておくと、そのCDは特価で録音も古いものでした)

        と、ブラームス同様悶々としていたら(次元が違うけど)、でました。


        サイモン・ラトル指揮、ベルリンフィルのブラームス交響曲全集。

        楽員1人1人がソロアーチストとして活躍できるほどの力量、故にアンサンブルはものの見事。これで安心して聞き入ることができるはずですが、あまり心地よくて最終楽章まで眠りを誘わずにおれるかどうかの保証はできませんが、おすすめのCDです。

         


         


        日本の伝統衣裳としての、着物について

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          現代の着物の姿が概ね確立したのは、まだ100年足らずではありますが、基本的な形は平安朝時代から連綿と続いているといわれています。つまり、1反の布を織り上げ、それを直線的につなぎ合わせて着物の形にする手法です。
          単純な構造ですが、これが親から、子、孫へと着物を譲り渡すには、最適なつくりになっています。
          エコ衣裳として、世界から注目をあつめている所以は、この構造にあったといっても過言ではありません。

          伝統には、それを守ると同時に次世代に引き継ぐ(引き継がせる)要素が必要になります。
          また、表面上表れるものと、内面上の問題があります。
          たとえば、着物を着るとなぜか、立ち振る舞いがシャキッとしてきます。
          成人式に振袖を着る習慣が根付いたのも、大人としての自覚を立ち振る舞いから学ばせる必要性から、かも知れませんね。(ちょっとこじつけになりますか)
          内面的なものとしてもう一つ重要な要素は、やはり親から子へと着物を受け継ぐときの、愛情であったり家風であったりする精神的な側面です。

          着物には、その両方が備わっており、それが、日本の伝統衣裳としての存在をゆるぎないものにしているのではないでしょうか。


          「無人島のミミ」・「光の指で触れよ」

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            中沢 新一 著「無人島のミミ」、池澤 夏樹 著「光の指で触れよ」は共に魅力的な主人公が独力で突き進んだ「魂の旅」。

            両氏に共通するのは、現代人が驕りすぎて物質や貨幣中心の世の中にあって何でも思い通りになるという錯覚から、目覚めさせくれます。

            日本はグローバル経済のなかにあって、必死に改革に突き進み、つかんだ貨幣もリーマンショックで吹き飛んでしまいました。しかも、かなしいかな無差別殺人や、格差拡大、医療崩壊などのおまけ付きです。両氏の著書は、人には便利なったりすることを幸福と考えたり、貨幣中心の世界になったりすることに警鐘をならす意味合いで、記されたのだとおもいます。しかも、世界同時不況が起こる一年前に出版されました。ある意味ものの見事に現在の状況を予想されたわけです。

            人は物質や貨幣だけでなく、何か霊的・精神的な支えや何かとつながっているという実感がないと生きていけない存在なのかもしれません。

            特に池澤氏は言葉の力を強調されています。最後に人間を救うのは言葉の力だと。宮沢賢治のいう「まことのことば」。貨幣という偽りの神を超える本当の精神性が必要ではないかと。

            21世紀は資本主義でも社会主義でもない新しい世の中を目指す時代に突入したのかもしれません。それはとてもとても遠い目標かもしれませんが。


            ユ・アー・マイ・ミラクル

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               オペラ歌手キャサリン・ジェンキンスのCDに入っていた曲のひとつ。

              彼女はクラシックからポップス(映画音楽等)を器用にこなす、メゾソプラノ歌手である。

              そのCDを、バックグラウンドミュージックとしてパソコンを打ちながら聞いていたら、その曲のところでぴたっと手がとまってしまった。

               

              男性がイタリア語、キャサリンが英語で歌うポップスデュエトソングだ。欧米版デュエト演歌とでもいうのであろうか。もちろんイタリア語などわかるわけない。ただ「ミラクル」という言葉だけがなにか心に引っかかった。ジャケットを裏返して訳詞をみたら、当然恋の歌だった。

               

              「あなたは、私の奇跡、命の麗しい清水よ。-------------あなたは、私の心の真ん中にいる。-------そこには、あなたが抱いている秘密がある。---------私とその秘密を共有させてくれますか。これからずっと」(小林誠一訳)

               

              せつせつとふたりが情感たっぷりと歌い上げる曲は秀逸だ。しかし、マイナーな曲想と歌詞の推移をみていると二人の「愛」は破局に向かうことを予感させる。

               

              同じ「ミラクル」という言葉で思い出させるのが、ミユジカル「ウエスト、サイド、ストリー」だ。その中の一曲に「Tonight」がある。一節に「今日、僕は感じていた。奇跡(ミラクル)が起こることを。そしてそれが正しかったことを」(小生訳)

              マリアと一緒に歌う曲も心震わせる。だだ、このストリーも恋人トニーの死によって終焉を迎える。

               

              「もし二人が愛し合っていれば、そこにハッピーエンドなどはない」ヘミングウェイ「午後の死」より

               

              ヘミングウエイの「武器よさらば」などの小説には必ず愛の終末が描かれている。「愛」が激しければ激しいほど、その脆弱性故に破局が待ち受けている。

              ヘミングウエーの文学にしてもユ・アー・マイ・ミラクルの曲にしても

              悲劇が訪れるのは、言葉の本質が隠されているゆえに、そのあいまいさ故になのだろうか。

              そこに共通するのは言いようのない哀愁がただよっていること。それが、文学や音楽に
              甘美さを味あわせてくれるのかもしれない。


              春一番

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                 先日、福岡は春一番の風が吹きまくりました。瞬間風速20m以上の突風に我が家のワンコウ達も驚いておびえていました。
                その、副産物ではありませんが、最高気温は20度と3月下旬並みの気温に春の予感を感じさせるものがあります。

                本日は、仕事で熊本に行きましたが、そのまま帰るのは惜しい気がしたので南阿蘇の温泉に体を暖めてきました。その温泉で地元の農家の人と言葉をかわしましたが、3月に入ると阿蘇一帯の山々で野焼きが始まるとのこと。

                田畑を守るためには、地元の人たちが総出でそれに携わらなければならないとのことでした。都会(福岡市も周辺人口をあわせると人口200万になるので)に住んでいると、近隣の方々とのコミュニティが希薄になりがちで、そのような体験をすることもなく生活できますが、基本的に農業に携わる人たちは、農業用水の管理を始めとして、共同で仕事をしなければ、生活を維持できない環境にあります。

                経済状況が悪化するにつれて、工業社会では、派遣切りや正社員のリストラのニュースが新聞紙面を賑わしています。(悲しい現実ですが)
                合理化(改革)を推進するために日本が邁進した結果が、コミュニティの欠落とはあまりにも代償が大きすぎたのではないでしょうか。

                食料の自給率を上げるためにも、コミュニティを復活させるためにも、農村の再生(人口の流入)が必要なのではないかとの思いにかられた一日でした。


                振袖の袖を元どりにするには

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                   Q.
                  振袖の袖を昔、つめてしまいました。その切り離した布はありますが元どおりにすることは可能でしょうか。

                  A.
                  継ぎ足すことは可能です。しかし、継ぎ目はどおしても隠すはできません。色合いや生地の種類によっては、遠目には継ぎ足していることがわからない場合もあります。

                  コメント
                  将来(20年先)のことなど、だれも予測することは不可能です。したがって、袖をつめたからといって後悔することはありません。ただ、着物は、メンテナンスさへ十分にしていれば、3代は着ることができる、非常にエコ的な衣装です。したがって、安易にリフォームすることは、着物がもつ構造的な利点を損なうことになります。これは、消費者としてのお客様を責めることよりも、販売する側(呉服屋さん)が売らんかなの一心のトークで「振袖の時期をすぎたら、訪問着としてもつかえますよ」といった目先の利便性を強調することの弊害よるものが多いのは事実です。

                  私どもに寄せられる振袖の仕立て直しで、圧倒的に多数を占める質問がこれです。
                  業界が着物離れしているのは、売り上げ数字を追求するあまり、着物がもつ古典的な美や構造を
                  アピールしてこなかった、業界の体質に起因しています。

                  「因果応報」、この言葉を私どもを含めて反省しなければならないとおもっています。

                  ブログスタートその2

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                     昨日、夜遅く説明書と首っ引きでブログをスタートさせました。
                    最初は無料のブログでしたが、さすがに会社向けとしては、広告が多すぎて使い物になりませんでした。

                    というわけで、有料にきりかえたのですが、これまたテンプレイトの選定やタイトルの設定などなど、わけの分からぬことが多すぎて、一日潰す結果とあいなりました。

                    無謀にもCSSやHTMLの変更でデザインを修正することも挑戦してみましたが、一夜漬けでは歯が立たず、断念。

                    コミュニケーションすることが第一義と自分勝手に言い聞かせて、少し味けないテンプレートでスタートしてみることにしましたので、宜しくおねがいします。

                    ブログスタート

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                       本日からブログをスタートしました。
                      まだ、取り扱いになれていません。
                      ということで、何卒よろしくお願いします。

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